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No.56-【特集】 My Growth Story ~なぜ教員をめざしたか~明星
06
12月
  • No.56-【特集】 My Growth Story ~なぜ教員をめざしたか~明星
  • No.56 . 明星 . 特集 . 進学通信 .

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明星→早稲田大学 文化構想学部→明星教員

 

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  • 明星への志望動機
    • 私学の女子校に進んだ姉が楽しそうで、自分は男子校で気を使わず、勉強も部活も楽しみたいと考えたから。
  • 中高時代の所属クラブ
    • サッカー部
  • 中高時代の夢や目標
    • 中学までは医師、高校から教師。
  • 合格した大学
    • 早稲田大学 文化構想学部
  • 大学で学んだこと
    • 英語の科目に力を入れました。ゼミでは英文学者・小田島恒志先生のもと、シェイクスピアを学びました。
  • 趣味
    • 子どもの頃からサッカー一筋!

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中1 数学が好きになる
中2 レギュラーに選ばれサッカー部に夢中
中3 中学サッカー部の副キャプテンに就任
高1 教師が将来の夢に
高2 文系を選択。生物か英語教師になるかで悩む。サッカー部ではキャプテンに就任
高3 英語教師を目指すことと、早稲田大学受験を決意

 


 

苦手科目が得意科目に「先生ってすごい」と尊敬

母校である明星中学校・高等学校で教員として働く寺尾さんは、ピンと伸びた背筋、キビキビした受け答えがさわやかな好青年。在学中はクラスやサッカー部でリーダーシップを取り活躍していたそうです。
「サッカーを始めたのは小1のとき。勉強と部活をともに頑張れる文武両道の校風に魅力を感じて明星中学校を志望しました。『好きなサッカーをずっと続けて、将来は医者になる』というのが小学生のときの夢でした」
07.18_044 中2でレギュラー入りし、ますますサッカーにのめり込んだ寺尾さん。加えて、中2から高3までクラスをまとめる級長を務めていたとか。高3時の文化祭では、メインイベントの司会者に立候補し、立派に大役を果たしました。そんな八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍ぶりだった寺尾さんですが、実は入学時は数学が苦手だったという過去も。
「小学生時代は算数が苦手だったんです。それが明星に入学してから、数学の授業がわかりやすくて面白い。宿題・課題も授業を聞くだけでスラスラ解けるんです。明星の先生はすごい、自分もこんなふうに生徒を導ける存在になりたいと考えるようになりました」
苦手科目を得意科目に変えてくれた先生への尊敬とあこがれ。それが寺尾さんの将来の夢を変化させます。「明星の教師になりたい!」と志すようになったのです。それが高1のときでした。


 

英語教師をめざし早稲田大学を受験

school_meisei 同校は、世の道しるべとなる人材育成を教育方針とするカトリック男子校です。学内にある聖堂では毎年7〜8組の卒業生が、神父でもある校長の祝福のもと挙式。それほど母校を愛し、誇りに思う卒業生が多い学校なのです。母校の教員をめざすことにした寺尾さんもその一人。しかし教員志望という目標を掲げたものの、志望大学選択には時間がかかりました。まず、担当教科選びに悩んだのです。
「どの教科の教員になるかでも志望大学は変わってきます。数学、生物、英語…と迷いました」
得意・不得意以上に、「あの先生のようになりたい」という恩師が多すぎたことが、迷いにつながりました。苦手を得意に変えてくれた数学の上野山先生はもちろん、生物の吉川先生も敬愛する恩師の一人だったといいます。
「吉川先生も明星OBです。僕が中2のときに教育大学から実習生として本校へ。それ以来、ずっとお世話になっています。進路相談もたくさんしました」
吉川先生のように教育大学に進むべきか、それとも難関大学に挑戦すべきか。模試の判定がB・Cを行き来する状況で、寺尾さんはなかなか結論を出せませんでした。しかし高3時に、〝英語教師〟の道を選択したことで道が定まります。
「父が公立高校の英語教師なんです。家族で海外旅行に出かけたとき、旅行の手配から現地での交渉まで英語で行う父の姿はとても格好良かった。また、自宅でも父に英語を教えてもらっていたんです。学校の先生とはまた違った教え方で、とても勉強になりました」
本当になりたい教師像を考えたとき、最後に残ったのは父親の背中だったのです。そして早稲田大学受験を決断した理由を次のように語ります。
「早稲田に進学されたサッカー部の先輩の話に魅力を感じたのがきっかけです。一度地元の大阪を離れて自分の視野を広げたい、レベルの高い人たちが集まる大学に自分の身を置いてみたい…そんな思いがありました。最後まで悩みましたが、高3の夏に早稲田のオープンキャンパスに参加し、早大生の方々といろいろ話ができたのが決め手になりました」
指定校推薦を利用できたこともあり、11月には合格を手にした寺尾さん。現役で早稲田大学・文化構想学部へと進学しました。
「大学では教職科目履修と同時に、英語関係の科目に力を入れました。ゼミは翻訳家・小田島恒志先生のクラスを選択。周りの学生の英語力の高さに、正直凹んだ時期もありました。でも、父のような英語教師をめざすのに落ち込んでばかりではダメだと発奮し、大学3年の夏休みにアメリカへ語学留学。大学の留学制度を利用せずに、あえて日本人がいない留学先を探して飛び込みました」
自分の世界を広げるという目標を、大学で実践した寺尾さん。その後の教育実習はもちろん母校へ。「母校で働きたい」という強い思いを伝え、大学卒業後、明星の教員となる夢を実現しました。


 

教員になって2年目、恩師の力を改めて実感

img143 大学選択までに紆余曲折があった寺尾さんでしたが、勉強に関しては実にストイック。塾を利用したのは高3の夏休みだけ。基本的に学校の授業がすべてだったと語ります。
「サッカー部でキャプテンを務めていたので、帰宅は21時を過ぎるのがあたりまえ。でも明星の先生方の教え方が本当にわかりやすいので、授業に集中さえすれば塾は必要ありませんでした。周りの友だちも同じでしたね。男子校なので体育会系のクラブで活動する生徒が多いのですが、塾を利用している人はほとんどいなかったと思います」
寺尾さんの高2・高3の担任であった中島博行先生は、「部活で忙しく塾に行く余裕がない、というのが実情でしょう( 笑)。しかしだからこそ我々教員も、授業の精度を高める努力を常にしています。教員間の授業研究はもちろん、塾主催の指導研修にも定期的に参加し、大学受験に役立つわかりやすい指導を吸収しているのです」と言葉を添えます。
寺尾さんも「在学中はただわかりやすい授業だと思っていただけでしたが、自分が教員になってみて、先生方がどれだけ準備して授業に臨んでいるかがよくわかりました」
と尊敬の念を声ににじませます。そんな寺尾さんが最近とてもうれしかったと語るのが、教育実習生時代からお世話になっている、先輩英語教員からの賞賛です。
「『赴任したばかりの去年に比べて、格段に授業の質が上がったね』とほめていただいたんです。恩師や父親に比べたら、まだまだ自分は足りない部分ばかりです。でも先輩教員や生徒から『授業がわかりやすい』と言ってもらえるとやりがいを感じます。そしていつか私も、生徒の人生を大きく変える教員になりたいですね」
そう語る寺尾さんの眼差しは迷いがなく、真っ直ぐ前を見つめていました。
<写真>体育祭では高校サッカー部の主将として部旗を掲げた。

 


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画鋲red部活動をモチベーションにすることで集中力アップ。授業で学んだことは100% 理解するよう努めていました。疑問はその場で解決すれば、塾に通う必要はありません。

画鋲red苦手な日本史は一問一答の問題集を利用し、短い時間で要点を暗記

画鋲red放課後は部活に専念したいので、宿題や予習・復習は休憩時間中に済ませました。小テストも再テストにならないように、毎日合格を心がけていました。

 


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07.18_005「あの先生に出会ってよかった」と
言ってもらえるような教員が目標。
僕が明星の先生に出会って人生が変わったように、
生徒が将来を決めるきっかけとなれる
教員になりたいと思います。

 


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周囲から信頼される生徒だった寺尾さん。
将来の明星を背負う存在となるよう期待されています。

高2~高3時担任  中島 博行先生

07.18_034「寺尾くんは在学中からリーダーシップがあり、皆を惹きつける魅力がありました。サッカー部のキャプテンをしていましたので、顧問の先生からの信頼も厚く、女子にもモテていたようです(笑)。上下関係にはメリハリをつけており、後輩には厳しいながらも愛情が感じられる指導をしていましたね」(中島先生)
また、近年は補講や補習を増やし、学校の勉強だけで難関大学合格をめざせるように学力教科に力を入れている同校。
「僕の補講に生徒が大勢集まるとうれしい。生徒に支持される授業をめざし、頑張っています」(寺尾さん)

(取材・文/蔵麻子  撮影/池本昇)

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